2009/12/11

めぐりあう時間たち(2002年)

『リトル・ダンサー(Billy Eliott)』で有名になったS・ダルドリーの監督で、マイケル・カニンガムの同名原作による作品。
違う時代と空間に生きた三人の女性たちそれぞれの,或る一日の話。
このかけ離れた三つの時代をつなげるのは、一冊の小説『ダロウェー夫人』。

現代のニューヨークに生きる出版者クラリッサは「ダロウェー夫人」のあだ名で呼ばれる。彼女はエイズの病に苦しむ親友リチャードのためにパーティーを開く事を決めその準備のために奔走する一日。

ローラは1950年代のロサンジェルスに住む。息子と一緒に夫の誕生日のための準備をするのだけど家庭の主婦という人生に満足できず、なんとかそこから脱け出したく思っている。息子リッチは母を溺愛してるが、母の鬱の病を知っている。彼女の愛読書は『ダロウェー夫人』。

そして1923年、ヴァージニアは「静養のため」と夫レナード・ウルフに勧められロンドン郊外のリッチモンドの一軒家に引っ越し、『ダロウェー夫人』の執筆に取りかかろうとしている。
「私が花を買ってくるわ」で始まるヴァージニア・ウルフの名作を通して、三つの違った時間がこの映画のなかで巡り合うという、まさしく映画ならではの世界です。
いくつもの違った話がそれぞれ並行して進む形は、80年代からハリウッド映画やテレビドラマによく使われる手法でもあって、沢山の話を交錯させればリモコン片手に見る視聴者の「ザッピング」を防ぐ効果でもあるけど、世界中のドラマやベストセラーが同じようなフォーマリズムに中にはまりこんで行く兆しもあります。そんな中でこの作品はその手法が上手く生かされて、その三人の人生の巡り合いこそがテーマという事で主題と形がぴったりと言う感じがしました。
この三人の女性を演じるのは、メリル・ストリープとジュリアン・ムーアとニコル・キッドマンという大女優たち。ベルリン映画祭ではこの三人が揃って主演女優賞(銀熊賞)を受賞したのは大変話題になった。生きる女性の讃歌ともいえるこの作品にはこの賞は凄く妥当だと思った。アメリカのアカデミー主演女優賞ではニコル・キッドマンが受賞、着け鼻をつけてヴァージニア・ウルフを演じた演技を讃えてということだけど、M・ストリープもJ・ムーアも本当に勝るとも劣らない演技だったのは皆が認めるところでした。でもトム・クルーズと別れたあとスターになりつつあったニコル・キッドマンに賞を渡す事で『大スター』を必要とする映画産業が選んだと言われた。ベルリンの銀熊賞はそれへの抗議とも言えるでしょうね。。。少なくとも発表されたときは皆そう受け取った。
確かに映画が終わったあと「ニコル・キッドマンは何処に出てたっけ。。。」と思わせる程、彼女の変身ぶりと演技は目を見張るものがあった。(僕も最後まで彼女だと気がつきませんでした。)あれは「メイク」の仕事が素晴らしいからだと言う専門家達もいた。うん確かに。。。
これで一躍大スターになったキッドマンはそのあと「最も高額の女優」で有名になったけれども、運命の皮肉なのか以後まったくいい作品に恵まれないのはおそらく偶然ではないでしょう。。。

2009/12/10

第三の男 (1949年)

第二次大戦の終戦直後のウィーンを舞台にしたキャロル・リード監督のサスペンス映画ですが、よくある「歴史に残る名画」といったアンケートには必ず入る作品ですね。主役を演ずるのはジョゼフ・コッテン、そして「第三の男」はオルソン・ウェルズです。そしてイタリアの名女優アリダ・ヴァリがハリウッド映画の出演した数少ない作品の一つです



小説家ホリーは、親友(ハリー)に呼ばれ、アメリカからウィーンにやって来たがハリーは事故死したと伝えられ、しかも彼は違法の闇取り引きをしていた犯罪者だったという。信じられないホリーはその真実を探ろうとする。。。
コントラストのある白黒の画面が綺麗で、斜めのカメラアングルもその当時の映画ではかなり斬新です。「第三の男」が現れるシーンや地下の下水道でのラストシーンは印象に残る名場面です。



そして何といっても忘れられないのは、弦楽器「ツイター」によるアントン・カラスの音楽です。昔、子供の頃みたテレビCMでオルソン・ウェルズがウィスキーを飲むシーンがあったけど、そのバックにこのメロディーが流れていました。それを見た父がにっこり笑いながら、あれは『第三の男』の音楽だよと教えてくれた。それから大人になり、この映画を見るまでにはかなり時間が経ってましたが、この時の父の言葉を思い出しました。



(捜したら出てきました!びっくりです。)

2009/11/24

Ma plus belle histoire d'amour









Du plus loin, que me revienne,
L'ombre de mes amours anciennes,
Du plus loin, du premier rendez-vous,
Du temps des premières peines,
Lors, j'avais quinze ans, à peine,
Cœur tout blanc, et griffes aux genoux,
Que ce furent, j'étais précoce,
De tendres amours de gosse,
Ou les morsures d'un amour fou,
Du plus loin qu'il m'en souvienne,
Si depuis, j'ai dit "je t'aime",
Ma plus belle histoire d'amour, c'est vous,

C'est vrai, je ne fus pas sage,
Et j'ai tourné bien des pages,
Sans les lire, blanches, et puis rien dessus,
C'est vrai, je ne fus pas sage,
Et mes guerriers de passage,
A peine vus, déjà disparus,
Mais à travers leur visage,
C'était déjà votre image,
C'était vous déjà et le cœur nu,
Je refaisais mes bagages,
Et poursuivais mon mirage,
Ma plus belle histoire d'amour, c'est vous,

Sur la longue route,
Qui menait vers vous,
Sur la longue route,
J'allais le cœur fou,
Le vent de décembre,
Me gelait au cou,
Qu'importait décembre,
Si c'était pour vous,
Elle fut longue la route,
Mais je l'ai faite, la route,
Celle-là, qui menait jusqu'à vous,
Et je ne suis pas parjure,
Si ce soir, je vous jure,
Que, pour vous, je l'eus faite à genoux,
Il en eut fallu bien d'autres,
Que quelques mauvais apôtres,
Que l'hiver ou la neige à mon cou,
Pour que je perde patience,
Et j'ai calmé ma violence,
Ma plus belle histoire d'amour, c'est vous,

Les temps d'hiver et d'automne,
De nuit, de jour, et personne,
Vous n'étiez jamais au rendez-vous,
Et de vous, perdant courage,
Soudain, me prenait la rage,
Mon Dieu, que j'avais besoin de vous,
Que le Diable vous emporte,
D'autres m'ont ouvert leur porte,
Heureuse, je m'en allais loin de vous,
Oui, je vous fus infidèle,
Mais vous revenais quand même,
Ma plus belle histoire d'amour, c'est vous,

J'ai pleuré mes larmes,
Mais qu'il me fut doux,
Oh, qu'il me fut doux,
Ce premier sourire de vous,
Et pour une larme,
Qui venait de vous,
J'ai pleuré d'amour,
Vous souvenez-vous ?

Ce fut, un soir, en septembre,
Vous étiez venus m'attendre,
Ici même, vous en souvenez-vous ?
A vous regarder sourire,
A vous aimer, sans rien dire,
C'est là que j'ai compris, tout à coup,
J'avais fini mon voyage,
Et j'ai posé mes bagages,
Vous étiez venus au rendez-vous,
Qu'importe ce qu'on peut en dire,
Je tenais à vous le dire,
Ce soir je vous remercie de vous,
Qu'importe ce qu'on peut en dire,
Je suis venue pour vous dire,
Ma plus belle histoire d'amour, c'est vous...
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このコンサートは晩年のものです。彼女は1981年にパリの北にあるパンタンの競馬場で歴史的コンサートをするのですが、毎晩観衆のアンコールに答えて、終わるのは夜中の12時過ぎ。そして彼女はそのコンサートで喉を壊してしまいました。以後彼女の歌い方も深さを追求する形をとっています。ここでの歌い方も、60年代のあの「透き通るような声」とはまた違い、感慨深いものがありますね。  

2009/11/07

マイノリティーの声



ちょうど10年前、1999年のヴェネチア・ビエンナーレの総合コミッショナーはスイス人キュレーターのH・ゼーマン氏だった。彼はまだ無名な作家を沢山集めて、その頃現代美術市場の単なるプロモーション的立場になってしまっていた『ビエンナーレ』を一掃してしまった。そしてこの時は20人近い中国人アーチストが選ばれて話題を呼び、その殆どが国際的舞台では名を知られていない人たちばかりでした。



その中でツァイ・グオチャン(蔡国强 Cai Guo-Qiang)は金獅子賞を獲得した。以来彼は国際的舞台では第一線にいる作家の一人です。(『金獅子賞』もかなり国家が動いたような感もないではないけど。)そして先の北京オリンピックの開会式のヴィジュアル・ディレクターを務めた。



彼の国家的援護を受ける立場でのアートを遠からず批判するのは同じく現在では国際的作家であるアイ・ウェイウェイ(艾未未 Ai Weiwei)だが、この時のビエンナーレで発表された「月蝕」の写真を使った詩的なインスタレーションも新鮮だった。後に彼はスイスの建築家ヘルツォーク&ド・ムーロンと協力し北京オリピックスタジアムの鳥の巣をデザインしている。
いづれにしろ現代の美術市場というものは超資本主義の世界。ゼーマン氏のようなキュレーターが市場を一新したとしても美術界は所詮、世界の金の動きに反映するしかない。。。 無名だった作家たちの作品もほんの数年でオークションに出るようになってしまう。



先の二人のように華やかな活躍ではないが、もっとも僕が感動したもののひとつは上海出身のアーチスト、シェン・ゼン(陳箴 Chen Zhen)の作品だった。彼のインスタレーションは革を張った巨大な椅子の形をした太鼓。観客は自由に革を叩くことができた。ミュージシャンたちによるパーフォーマンスもあった、中でもチベットの坊さんたちによる演奏は凄かった。オリンピック開催も北京に決まり、これから世界の注目になりつつあった中国の影にあるチベット民族の声を響かせたのである。彼は翌年2000年に不治の病 で45歳の若さで他界するが、彼の作品が残したものは大きいと思う。

この時のビエンナーレでは中国人作家以外にも無名の作家の作品が沢山あった。中でもイラン女性アーチスト、シリン・ネシャット Shirin Neshatの作品は印象的だった。題名は『TURBULENT』で「渦巻き」とでも訳せるのか。二枚の画面が向かい合うインスタレーション。一つは男性ヴォーカルが歌う画面で、向かうは黒いヴェールを被った女性ヴォーカルでカメラがぐるぐる彼女の廻りをまわる。そのヴォイス・パフォーマンスには鳥肌が立ったのを憶えている。美しいと思いこんでる男たちの歌声が急に平凡で保守的に見えてくる。。。ヴェールを被らせられたイスラム女性のパワーだ。。。







2009/10/30

ランジング・ブル (1980年)







マーティン・スコセッシ監督の作品ですが。その数年前に彼の作品『タクシードライバー』を見たときもにも感激したので、封切りされたこの作品に期待して見に行ったんですが、その迫力に圧倒されてしまったのを憶えてます。まさしくKOでした。『怒る牡牛』と呼ばれた伝説のボクサー、ジェイク・ラモッタの人生を描いたものです。フランスの国民的英雄であるマルセル・セルダンを激闘の上で倒し、世界チャンピオンの座を勝ち得ました。この映画ではロバート・デ・ニーロがアカデミー主演男優賞をとりました。超演技派で完璧な役作りをする事で知られる彼は『タクシードライバー』の準備のため3週間実際にタクシーの運転手をし、この映画では老いたチャンピオンボクサーを演ずるためにイタリア、フランスに滞在してレストランで食べ歩きが30キロ太ったのは有名な話で、最後に出てくるラモッタを演ずるデ・ニーロの姿は迫力があった。ラモッタ以外の誰でもないとしか言えません。。。ホントに。
オープニングのシーンも大好きでした。今見てもとても新鮮です。