G・バサーニ原作Il giardino dei Finzi Contini 「フィンツィ・コンティーニの庭」をイタリア映画の巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督が映画化したものです。殆ど語られる事がなかった戦時中イタリアでのユダヤ人迫害をテーマにした貴重な作品です。
2010/03/27
2009/07/23
太陽はひとりぼっち(1962年)

ミケランジェロ・アントニオーニ監督の作品で『情事』そして『夜』とならぶ初期三部作の一つです。 原題は『L'Eclisse』で「日食」という意味。そこにどういう意味があるのか本当のところはわからないけど、観ると何故かこの題名が納得させられてしまう。ある女性の、言葉には表すことのできない闇の部分を垣間みる事ができるからだろうか。。。
しょっぱなから長い間連れ立った彼と別れる話からはじまる。モニカ・ヴィッティが演じるヴィットリアという女性が主人公。株のことしか頭にない彼女の母親とは話ができない。。。彼女は内面的豊かさを求める正反対の性格なのだが、ある日株市場で働くピエーロと出会うが、全く世界観が違う二人のちぐはぐな、愛とも恋ともいえない出会いを描く。。。ピエーロ役は、あのアラン・ドロン。目が覚める美しさで、世界中のファンを魅了したのも納得する。
「物質至上主義」の世界に納得できないヴィットリアの、何かを求めて都会の街をさまよい歩く姿を撮るカメラワークが見事だ。
闇夜の中、沢山ならぶ旗竿が、風のためロープがあたり楽器のように不思議な音を響かせ、その前にたたずむ彼女は限りなく美しい。。。
2009/07/04
欲望 (BLOW UP) 1966年
最も好きな映画のひとつ、イタリアの巨匠ミケランジェロ・アントニオーニ監督のはじめてイタリアの外で撮った作品『欲望』のトップ・シーン。売れっ子ファッション写真家を上手く描いている。ただ僕はこの邦題の「欲望」はあまり気に入っていない。「BLOW UP」とは「拡大」とか「引き伸ばし」という意味の写真用語で、この話で最も重要なキーワード。
主人公トーマスがふと何の気なしにとった風景写真の隅っこに異様な形を発見し、それを究明するために、彼はどんどんその部分を拡大(BLOW UP)していき、遂にそれが死体であるとわかり、知らないうちに殺人現場にいたのである。彼がまったく気づかなくてもカメラのレンズはとらえていた。そうわかった時、彼は謎の人物に追われることになる。。。
この場面には一言の「せりふ」も「音楽」もない、まったく無言のシーンなので、ここでは観客も目で見るという事だけに集中させられます。さしずめハリウッド映画ならサスペンスを盛り上げる音楽が流れるはずだけど、アントニオーニはその妥協をまったくしていない。やはり並の監督ではない。。。
2009/07/02
フェリーニのローマ 1972年
ローマをこよなく愛するフェリーニの代表作。
最後のシーンに暴走族が夜中にライト・アップされたローマの街中を轟音をたてて駆け巡るこのシーンには度肝を抜かれます。
とたんに観客の視点が変わり、あたかもバイクの後ろの座席にしがみついてるような気持ちになります。
とたんに観客の視点が変わり、あたかもバイクの後ろの座席にしがみついてるような気持ちになります。
親愛なる日記 1994年
数多い名監督、名画を生んだかつてのイタリア映画、残念ながら今日では消滅してしまったも同然のような状態。テレビ界の王様ベルルスコーニが首相になるイタリアではテレビの影響が多大で80年代からとたんに映画芸術は廃れてしまった。その中で孤軍奮闘するのがナンニ・モレッテイ。
彼の自分の日常と映画を語った『親愛なる日記』は、イタリア映画の現実や彼の病気とか、かなり深刻なテーマが根底を流れているのにユーモアにみちて面白い。
映画の現状に失望し、今度は『フラッシュ・ダンス』のような踊って歌って楽しいコメディー・ミュージカル映画を夢見ながら「ローマの休日」よろしく、ヴェスパーに乗ってローマの街をさすらうのだけど、乗りながらRAI(アラブのポップ音楽)の王様シェブ・ハーレッドの歌にあわせて踊るシーンは笑わせる。そして夢見る『フラッシュ・ダンス』のヒロイン、ジェニファー・ビールスに出会う!スクーターから飛び降りて彼女に話しかけるのですが、誰が見てもちょっと狂った男にしか見えない。。。何ともおかしい一場面。素顔のジェニファー・ビールスがじつに美しい!
そしてクライマックスは彼の尊敬する、鬼才パゾリーニ監督が殺されて死んだ場所まで行く場面。素晴らしい「ワンシーン・ワンカット」。カメラが後ろから追っかけているだけの単純なシーンだけど、音楽がキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』。
天才的ジャズ・ピアニストの今では神話化されたケルンでの即興演奏の録音で、ここではあたかもこの映像のために演奏された音楽のような感じです。マーラーの交響曲が「ヴェニスに死す」のために作曲されたような錯覚に陥るように。。。
ヴィスコンティの多大な費用を掛ける作品とモレッティのインディーな作品とを比べるのは意味がないかもしれないけど、安上がりな製作にもかかわらず、こういう忘れられない感動的シーンを作りだせる彼は、やはりイタリア映画最後の巨匠かも。。。 ☞
(ステレオで聴ければ最高)
2009/06/30
特別な一日 1977年
1938年5月8日。特別な一日。イタリアとドイツの協定のため ヒットラーとムッソリーニがであった歴史的な日で、ローマの大人子供は全員大集会へ。ひとり家にのこった、ある「平凡な主婦」と、その裏窓の向かいのアパルトマンに住む「ある男」の話。男は同性愛者ということで警察から後を追われて、ひっそりと暮らしてる身。
そのトップ・シーンはヒッチ・コックの『裏窓』を思わせるカメラ・ワーク。視線は中庭からいつの間にか台所のコーヒーカップへとなめらかに動いて行きます。ソフィア・ローレンとアルチェロ・マストロアーニの夢のような共演、大集会の軍隊の音楽が聞こえてくる屋上のもの干し場での二人のキス・シーンが素晴らしかった。。。たった一日の恋。二人の時間の流れは、大集会とは違う次元をさまよってます。
エットーレ・スコラ監督は映像の色の彩度を極端に落とし、白黒に近い美しい映像に仕上げました。その中台所のガスの青い炎がはっきり見えたのが印象的でした。でもVHSビデオ出版した際に、一般受けするようにと、かなり彩度をあげて色をつけたらしいです。オリジナルどおり「色あせた世界」を見るにはやはり映画館で見るしかないですね。 ☞
2009/06/23
甘い生活(1960)
フェリーニはその豪華な脚色と色彩あふれる画面で有名だけど、初期の白黒で撮ったネオリアリズム(新写実主義)と言われた時代の作品も見逃せません。その中でも僕はこの作品が好きです。彼のネオ・レアリズム時代の最後の作品で、後にフェリーニ・スタイルを確立する出発点になったもの。
イタリア映画がよく使う「オムニバス形式」のような作りは、一見まとまりがないような印象があるけど、マルチェロ・マストロヤーニ演ずる主人公がそれぞれの違った話にでてきて繋がっていきます。
2009/06/15
ヴェニスに死す (1971)
トーマス・マンの同名の小説をもとにした映画で、ルッキィノ・ヴィスコンティ監督の最後の作品。芸術において理性の大事さを主張する主人公の音楽家(原作では詩人)が、家族と一緒にリドの海岸に避暑にきていた美しい少年に出会い。その美貌の虜になって、身を滅ぼしていく姿を描いたもの。ダーク・ボガートの演技がすばらしく。テーマ音楽となるマーラーの第五交響曲もこの映画のために作曲されたと思わさせるほどで、ヴィスコンティはやはり凄い。。。☞
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